2009年02月18日
サハリンのこと
首相がサハリンを訪問中であります。僕の亡くなった母もサハリンに10年近く住んでいたので、少なからず思いだすことがあります。古い人は岡田嘉子さんの逃避行などが思いだされるのでしょうか。僕らはもちろん其の事件のことは後から知ったのだけれど、それ以外のことでもサハリンは思い出深い町です。
今ある新聞で大鵬親方が自伝を書いていますが、其の中でサハリンは何度も登場します。引揚船の状況に関するくだりは涙した人も多いと思います。寒いところですが、みなが逞しく生き延びた時代を詳しく書いてくださっています。特に女性は強く生きた時代です。
最近では菊池桃子さんのお母様からサハリンのお話を伺ったことを思い出します。そのルーツを垣間見たいという気持ちがあって、お母様のご実家の知床の斜里町まで遊びに行ったことを思い出しました。世界遺産に登録される直前でした。
サハリンに関しては皆さんいい思い出があるとおっしゃいます。戦後の大変な時代であっても、人々の生活は今と同じように、衣食住を満たしながら、娯楽の映画館に通ったり、美味しいお酒を飲んだり、と変わりません。別れるのは辛かったと思います。母の子供のころの写真を見ると、ロシアの女性と一緒に撮影した写真がたくさんあります。母はターニャという愛称で呼ばれていたようです。残らないかという話もあったようですが結局帰国しました。
今僕が北見工大での講義をもう5年もお引き受けさせていただいているのは、こういった記憶がどこかにあって、続ける意思に影響しているのかもしれません。オホーツクを見るとサハリンがもうすぐそこです。何のご縁で最北端と最南端の国立大学で教えるようになったか不思議ですが、まあそんなものかなと。
こうして北海道のことを書くと、「北海道行きたい病」の友達から恨まれるのでこの辺で辞めておきます(笑)。
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斜里館という斜里駅前にある旅館 素敵です。是非一度。(桃子さんのお母様方の叔父様が経営なさっておられます)
2009年02月18日 20:33
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