2009年02月15日
静かな日曜日の夜には
風も無く,生暖かな日曜日の夜には、できれば近くの酒場で知り合いと一緒に少し騒ぎたくなるような気分ですが、それができない日には、静かにまとめてたまったビデオを観るとか、できなかったことを片付けるくらいのことしか浮かばない。
今夜は早めに夕食を済ませたので、というより最近は毎日10000歩以上歩くので、腹がすくということも会って、早いのです、李仙姫さんのコンサートをユーチューブで観ながら過ごしています。昨日の夜遅く仲良くしている方からメールで、「今夜亡くなった友人の通夜に行く準備をしていたら母が亡くなりました」ということを知り、驚くと同時に、死は突然にやってくるのだ、と感じた。ご愁傷さまです。
今週は死について考えることが多かった。昨年10月の崔真美さんの死から4ヶ月。恩師のご夫人の消息がつかめずに電話で追跡した今月始めの出来事、同僚のお兄様の葬儀、など生死に関係することが多い。今日小平を走っていたら葬儀が3件並んで行われていた。帰ってから散歩に出ると50年近く可愛がっていただいている近所のおじいちゃんと暫く立ち話をした。もう87歳ですが元気です。元気でいてください。
彼女の歌を聴きながら過ごしています。素敵な歌です。
2009年02月15日 22:43
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コメント一覧
舛井先生、こんにちは。お久しぶりです。
「死」について考えたというお話だったので私も少しお話させて下さい。
私の両親は同級生の友人たちの親に比べて10歳ほど年を取っています。最近彼らの父親が定年退職した!という話をよく聞きますが、我が家ではもうそんなことは遠い昔のことのようです。
普段は何も思わないのですが、一人っ子のせいか時々ふと「私はみんなより早く親との別れがくるのか・・。」という思いが頭をよぎり、いつか来るその時までには、自分がその大きな孤独に耐えられるだけの強さと、その空虚感を癒してくれるたくさんの心通う友人たちを持ちえるだろうか・・と考えたりします。
すると友人たちは「今どき、年齢順にお迎えが来るってこともないだろうし、人生100年のご時勢だからまだまだ心配ないよ!」と元気付けてくれます。
確かに今の時代、犯罪・病気はすぐ目の前にあって、いつ自分に降りかかってもおかしくない状況だし、若いからといって、明日の自分が約束されているわけではないですものね。「死」を考えるより「生」を考えるべきですね。
「生」の時間が限られているならば、やりたいことを躊躇している時間ももったいないし、誰かを憎んだりする時間ももったいない・・。自分の人生を悔いないように毎日を真剣に生きなければいけませんね。
大好きな三浦綾子先生の作品の中に、こんなセリフがあります。
「人生をどこで断ち切られたとしても、その断片は美しくありたい!」
人生の長さではなく、懸命に輝いて生きることを望み、努力していこうと思っています。
こんなお話を突然すみません・・。ではまた。
投稿者: あきさくら | 2009年02月16日 13:47
あきさくらさん。いつもコメントありがとうございます。続くときには続くもので、回りもいろいろとあります。おっしゃるとおり、無駄な時間は避けなくてはいけませんし、憎んだりして過ごす時間は精神的にもよくありませんね。今日は100歳までの人生戦略という本をいただき、感動しております。読み終わったら贈らせていただきます。別メールで送り先ご指示ください。(contact meからご指示ください。)とにかく元気に生きましょう。
投稿者: 舛井 | 2009年02月16日 23:51