スウェーデンと江戸の共通点
日曜日は静かに過ぎ去った。一歩も外に出ることなく、終日家で、来週の講演の準備をしたり、好きな音楽を聴いたり、昨日浅岡雄也君からもらったCDを聴いたり、又和歌山の知り合いの御嬢さんが出したCDが届いてそれを聴いたり、音楽漬けの一日だった。
合間に友だちが連絡をくださった。沖縄に帰っている友だちが、愛犬がもう高齢で余命いくばくかというので心配していたら、今日は家族3人でシャンプーをしているという。5分は立っていられないので、大人が3人がかりで支えて洗うのだそうだ。動物とはこうして何度も別れが近づく。がんばってほしい、ターボ。
最近消費税絡みでスウェーデンの生活が紹介されることが多い。老後の心配がないこと、医療費が無料なこと、年金制度がしっかりしている、、などで、貯金の必要性がないので消費税(EUはVAT)が高くても消費は落ちないというものだった。今の日本の政治家のようにころっと意見も政策も換える国ではどうしても自分でためないと不安が先立つのだが、そういう安心感があれば消費は落ち込まないということだ。ならば、いろいろ議論するようなことではなく、まともな政治家を選ぶだけでおおよそ問題は解決されることになるのだが、まあそうはいかない。
田中優子先生の江戸の本も、宵越しの金をもたない訳を分かりやすく説明してくれている。一日働いて夕食を食べて、少し余裕があれば飲んで、長屋の借家住まいで気ままに引っ越しを繰り返しながら、隣近所と必要な時にだけ助け合う、そして朝また働きにでる。それを落語を引き合いに出しながら面白く解説してくれる。
昭和30年代にはこういう場所が東京にもあった。田中先生も戦後の日本を引き合いに出しながら、ついこの前までは日本ももっと住みよかったことを語っている。二つの違う時代のことを、国のことを考えながら、案外住みよい時代の建設は簡単なことなのではないかと思うようになる。そこそこ、助け合い、税金は医療福祉年金に優先的に配分、利権排除、で気分は相当改善されるように思う。
まあ現実はそんなに簡単でないことは分かるが、政治家が原点に戻るというのは必要かもしれない。
ところで昨夜の加藤さんのコンサートの2部に、バイオリニストの古澤厳さんが出演された。凄い演奏だった。シャンソンとのコラボだったのだけれど、これまでにない迫力で、演出が凄かった。同時に衣装と照明が素晴らしく、なんだか60年代にタイムスリップしたシャンソンのコンサートの香りがしている。コンサートの最初に、加藤さんがシャンソンコンクールで優勝した時の唄が流れていた。僕もそれを聴いてファンになったので、とても嬉しかった。
さて明日からまた一週間頑張るべね。











